今回は、ある患者さんの症例報告です。
私が「乳頭乳輪再建に関する記事を書こう」と思うきっかけとなった方のお話です。
この患者さん(Aさん)は、木沢記念病院で腹部遊離穿通枝皮弁による一次一期の自家組織再建を行った後、乳癌の手術の後遺症を治療する目的で、関東の病院の形成外科を受診されることになりました。その病院で全身麻酔をかけて治療を行うことになったため、「どうせならこの機会に乳頭乳輪の再建も同時に済ませてしまいたい」と思われたようです。Aさんは何でも積極的に自分で決めて主体的に行動される方でしたので、私も何の疑問も感じずに紹介状を作成しました。
数か月後、Aさんが「乳頭乳輪の再建がやり直せないか」と戻ってこられました。話を聞いてみると、自分が思っていたような結果ではなかったとのことでした。
下の写真が他院での乳頭乳輪再建後の状態です。
乳頭は局所皮弁で再建されており、乳輪部分にはソケイ部から採取した色のない皮膚の全層植皮が行われている状態でした。
そこで、Aさんと再建の方法を話し合った結果、乳頭は健側からの移植で、着色は陰部からの全層植皮で、再度の手術を行うことになりました。
下の写真は、術後3か月目の状態です。
再建側はまだ色素沈着が残存している時期のため、最終的にはもう少し薄い色で落ち着くと思われます。
Aさんに詳しく状況をお聞きしてみると、Aさんが望むような結果にならなかったのは、明らかに主治医とのコミュニケーション不足が根底にあるようでした。以下のことは、患者さんサイドのみの情報ですので、実際のところがどうであったかはわかりませんが、Aさんは次のように話されました。
まず、外来主治医と実際に手術を行うことになる入院の主治医が異なったこと。主治医とは入院してから初めて会ったそうで、入院主治医は、外来主治医が上司にあたるため、外来で決められた方針に従うしかない様子に見えたこと。乳頭乳輪再建は方法について選択肢が示されたわけではなく、今回の方法が決まっていたこと。乳頭の健側からの移植について尋ねると、「ほとんど生着しないからやめたほうがいい」という説明で、着色は後日タトゥーを行う必要があり、腹部に保存してある軟骨を芯に使えるかという質問に対しては、「芯を入れるなら後日にする必要がある」ということだったようです。説明を受けて、Aさんは「そんなものか」と思い、手術を受けられたそうです。
あくまで私の意見ですが、乳頭の健側移植の生着率は決して低くありません。私の場合、部分的(多くて見積もっても全体の2割程度の部分)に壊死してしまった経験はありますが、少なくとも、移植した組織の全てが生着しなかった経験はありません。植皮を行うのであれば、陰部の色のあるところから移植して着色を同時に行うのも一つの方法です。タトゥーを前提とするなら、植皮を用いない局所皮弁の方法もあります。保存してある肋軟骨を芯として入れることも、局所皮弁と同時に行うことは方法によっては可能です。
『自分の経験上はお勧めしない』、『自分の経験上その手技が得意ではない』ということと、手技として不可能であるということは別の問題です。私自身も、自分の経験から偏った勧め方をすることがあるかもしれませんが、あくまで「一般的には可能だけど、個人的な経験からはお勧めしない」、「自分の経験上その方法は得意ではない(または経験が無い)」と正直に説明するように心がけています。
病院にはそれぞれ特性があり事情も様々です。そこで働く医師も、その組織の中で様々な立場や事情があり、常に自分が最善と思う医療を提供できない場合もあるかもしれません。そのような医師側の事情は患者さんには関係ないことですが、Aさんの経験から言えることは、どのような事情があれ、『主治医とのコミュニケーションがいかに大事であるか』ということに尽きると思います。主治医とのコミュニケーションを有意義なものにするためには、患者さんも自分自身で情報を収集し、自分の希望をはっきり伝える必要があること、そして、その希望を伝えたうえで、主治医の得意とする方法やお勧めの方法を聞き、最終的に手術を受けるかどうかの判断する必要があると思います。情報を持たないまま説明を受ければ、ほぼ主治医の言うがままにならざるを得ませんし、情報収集をして自分の希望とする方法を伝えたとしても、手術を行う予定の医師が「その方法が不得意だ、成功率が低いからやめた方がいい」と言われるのに、無理にその方法を行ってもらうことが良い結果に繋がるかは分かりません。要は、『情報収集⇒希望伝達⇒主治医の説明⇒手術を受けるかの判断』の流れが、患者さんと主治医の良好なコミュニケーションの上にあることが重要なのです。
Aさんもおっしゃっていたのですが、乳頭乳輪再建に関する情報を自分で収集しようとしても、そもそもその情報自体が少なかったということがありました。それが私が乳頭乳輪の記事を掲載するに至った理由のひとつでもあります。私のブログ記事の内容が全て正しいとは限りません。あくまで、私の個人的な経験というフィルターを通した記事になっています。しかし、それでも情報は情報です。これらの記事を参考に、主治医に意見をぶつけてみて頂くのも一つの方法です。主治医が「それは違う」と思われるなら、どうしてそれは違うと思うようになったのか、その主治医の考えや過去の経験について話されるはずです。そうしてコミュニケーションが始まったなら、とても嬉しいことだと思います。
Aさんは、2回目の手術を終え、結果にも非常に満足してくださっていて、このブログへの記事掲載も快諾してくださいました。Aさんの件を取り上げることは、他院を批判する内容ともとれるため、記事にするかは非常に悩みましたが、『他の患者さんには自分の経験をぜひ参考にしてほしい。』というAさんの言葉を受け、思い切って今回記事にさせて頂きました(Aさん、ありがとうございました!)。